Colors of the Rainbow : Dan Kanemitsu's Log
虹の色:兼光ダニエル真ログ帳

2008-03-15 想像からの被害者と加害者の創造


2008-03-15
想像からの被害者と加害者の創造

 非常に危険な機運が高まっています。前回は現在国会で検討されている単純所持規制の大きな落とし穴について言及しましたが、事態はさらに加速し明らかに個人の思想や想像の領域まで国家の統制下に置く事を押し進める動きが一部で顕著になっています。

 『被写体が実在するか否かを問わず、児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したものを、「準児童ポルノ」として違法化。具体的には、アニメ、漫画、ゲームソフトおよび18歳以上の人物が児童を演じる場合もこれに含む。』

 実在する児童について言及すべき法律に実在しない被害者について言及する事は実在する児童への冒涜だと私は個人的に思います。実社会における傷害行為の違法化と想像上の傷害行為の描写を一緒くたにするようなものです。いじめを無くすのにいじめを描写する作品を減らして何になるのでしょうか?

 ここで一つ紹介したい主張があります。

 「漫画、ビデオゲームやキャンディーのように、それ自身が無害であるにもかかわらず、不道徳な目的に使われうるものは多くあるが、それらが誤用されうるからといって、我々はこれらのものを禁制品とするべきとは考えてはいない。」

 「[中略]児童を守るのではなく、他の犯罪を犯す人間から児童を守るためという理由で表現を規制しようとしている。しかし、政府が成人向けの表現を、それを児童が受領するかもしれないという理由だけで禁止することはできない、という原則は同様に適用される。問題の罪悪は、行為者の不法な行為に由来するものであり、そもそも問題とされる表現とは関係なく、その行為は独自に犯罪と定義されるべきものである。このことにより、表現規制の射程範囲は限定されたものではないことが基礎付けられる。表現を制約する目的は不法行為の
禁止にあるが、結果的に成人が合法的に享受しうるべき表現までも規制することにより、その目的達成のために必要最小限の制約の範囲を超えてしまう。」

「政府が思想をコントロールしようとしたり、容認しがたい目的の法を正当化しようとするとき、[憲法の]保障する自由は最も危機に陥る。考える権利は自由の基本であり、表現は思考の始まりであるが故に、政府による規制から守られなければならない。」[1]

 私の意見ではありません。外圧を与えているとされている米国連邦政府の最高裁判所が2002年に所謂「ヴァーチャル児童ポルノ」(モデルが実在しない児童ポルノ)を違法化しようとしたCPPA「児童ポルノ防止法」が違憲であると結審した際の法廷意見書です。

 現在盛り上っている規制の流れに異議を唱える事は恥ずかしくないと言う事を再確認できる素晴らしい意見だと私は思います。
 

兼光ダニエル真


注釈:

1 - AMI連絡張 Ver.1.5より転載 



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